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春のニュージーランド旅行初日編-2

もういつの話だって感じになっているニュージーランド旅行記 気が付けばまだ初日 今回はクライストチャーチに到着してからのお話です。ちなみに前回の記事はコチラ

春のニュージーランド旅行初日編-1

2018年2月9日

小さなプロペラ機でニュージーランドの北島にあるオークランド国際空港から南島のクライストチャーチ国際空港に到着 国際と名がついてはいますが、コンパクトでかわいらしい空港です。

ここで南島担当の現地ガイドさんと合流しました。そして観光用バスに乗り換えて市内観光めぐりです。この時は好天に恵まれて気持ち良く観光することができました。車窓から眺めるクライストチャーチはのどかでおしゃれな住宅街で花や緑多く、映画のセットのような趣もあります。クライストチャーチはどこかというとこの辺り

南島の中央付近の東海岸よりですね。

モナベール庭園へ

まず最初に向かったのはモナベール(Mona Vale)庭園です。

モナベール庭園はエイボン川のほとりにある庭園で、もともとは個人が所有する庭園でしたが、今はクライストチャーチ市の管理になっています。美しい花壇やエリザベス朝の洋館があり、今でもランチからアフタヌーンティ、そして時には結婚式やパーティなどに使われているとのこと。絵にかいたようなとても素敵な庭園です。中世のヨーロッパに入り込んだような錯覚すら覚えます。ここからは写真を中心にご紹介しますね。

庭園入り口の看板です

美しいの一語です。桜が咲いていました。

絵にかいたような風景です。

ここはかつて風呂場だったそうです。丸見えだけど当時人はほとんどいなかったようです。

川のほとりで遊ぶ子供たち 水もきれいです

 

素敵なお花が植えられています。

噴水のある広場

まだまだゆっくりしたいのはやまやまですがなんせ今回の旅行は色々回る反面一か所に滞在する時間はわずか あっというまに次の目的地へ

ちなみにバスはこんな感じ 後ろに窓がないのです 後進はバックモニター頼みですね。

続いて訪れたのはボタニックガーデンです。

ボタニックガーデン(Botanic Gardens)にやってきた

ボタニックガーデンはハグレー公園内にある植物園です。しかしながら趣はモナベールと同じ庭園といった風情です。そして入場料は無料というからありがたいですね。園内にはエイボン川が流れ、カンタベリー博物館も隣接されています。かなり大きな面積ですが、滞在時間はごくわずかです。(泣)

こちらも花壇に美しい花 チューリップですね

ジョン。ピーコック氏が寄贈したためピーコック噴水と呼ばれている噴水

カンタベリー博物館です。当然今回は中を見る時間はありません。

午後のひとときを優雅に過ごすクライストチャーチ市民 気持ちよさそう

巨木に抱かれて・・・

ブログ記事のアイキャッチ画像はこの公園のもの

のどかで優雅な午後のひととき

ところで・・・・

カンタベリーの大地震

優雅で美しい風景を紹介してきましたが、ニュージーランドでも大きな地震があったことを覚えていますか? 恥ずかしながら僕は当時ニュースで漠然と知っていた程度でした。地震が発生したのは日本の東日本大震災と同じ2011年です。発生日は日本の東日本大震災より約一か月早い2月22日です。クライストチャーチ市内では震度7程度の揺れを記録したそうです。この地震で市のシンボルともいえるクライストチチャーチの大聖堂も含め多くの建物が倒壊したほか、液状化現象なども発生し、かなりの被害となりました。この地震で185名の方が亡くなられ、そのうち日本人は28名となっています。現地でも黙とうをさせていただきましたが、あらためて亡くなられた方に哀悼を意を表します。そしてその後、クライストチャーチも日本と同じで復興は十分進んではおりません。クライストチャーチはニュージーランドは南島最大の町ですが、ここクライストチャーチを含むニュージーランドは観光や酪農が中心で、十分な復興の予算が得られないのが現状です。したがってその地震の爪痕は市内のいたるところで見ることができます。ここボタニックガーデンでは今は穏やかな風景が広がっていますが、日本と同じ2011年に大きな悲劇があったことは忘れてはなりませんね。一日も早い復興をお祈り申し上げます。

今でも修理が続きます

185 Empty White Chairs – Earthquake Memorial

続いて一行は紙でできた大聖堂 カードボードカテドラルに向かうわけですが、そこに行く道すがらの広場で、白い椅子が何脚も並べられている風景に出会いました。これは地震で亡くなられた方を忘れないためのメモリアルとして、亡くなられた人数と同じ185脚の椅子が並べられているのだそうです。椅子の大きさや形が様々なのは文字通り老若男女様々な方が亡くなられているからで、なかには赤ん坊のゆりかごのような椅子もあり、なんとも痛ましく、そして悲しくやりきれない気持ちになります。そして亡くなった日本人28名の多くは若者だったそうです。犠牲となった方々のご冥福をお祈り申し上げます。

地球に住む以上地震からは避けられませんし、明日は我が身です。毎日に感謝して精いっぱい生きないといけませんね。

紙の大聖堂へ

紙の大聖堂は185 Empty White Chairsから歩いてすぐの場所にあります。紙の大聖堂は市内のシンボル的な存在だったクライストチャーチ大聖堂が地震で倒壊したため、その跡地近くに復旧までの仮設聖堂として2013年8月にオープンしました。なんと設計者は日本人で坂茂(バン シゲル)氏です。日本で唯一 そして世界でも珍しい紙で建物を設計する技術をもっています。その技術は

大聖堂の建て直しには長い年月がかかる見込みです。少なくとも10年間は現在の紙の大聖堂が使われる予定です。ただ紙で出来ていて本当に10年保つのかといった疑問はあるわけですが、紙は特殊加工されており、耐用年数は50年ほどあるそうです。すごい技術ですね。

ちなみに坂氏は行動力ある建築家としても知られています。紙の大聖堂のルーツとしては1994年のアフリカの紛争時に紙を使ったシェルターを提案しています。また地震の時に自分にできることはなにかを考え、阪神淡路大震災当時に身近にあるロール紙などの技術をベースに紙のコミュニティホールを製作し、さらに東日本大震災では仮設住宅の設計にも尽力されています。クライストチャーチの紙の大聖堂はそんな坂氏の人柄や技術力を見込んでのオファーだそうで、坂氏は設計費は無償で引き受けており、 建築費は寄付で賄い約一年で製作されました。人の思いが完成させたといってもいいでしょう。教会だけでなく寺院もそうかもしれませんが、その土地に根付いて長く人々に親しまれてきた建物の場合、迂闊なものを作ってしまえば違和感だけが大きくのこり、人々に愛されることはないか、もしくは理解が得られるまでに時間がかかることでしょう。そのことを知っている坂氏は中のサイズや見た目を当時の大聖堂をイメージして設計しています。最も象徴的なものはステンドグラスでしょう。

そのこだわりにより、紙の大聖堂は市民に愛されるどころか世界から観光客が訪れるまでとなり、クライストチャーチの経済にも寄与しているのです。

坂氏は「コンクリートでも壊れるものであればそれは仮説と変わらない。紙で作ってもみんなが建物を愛せば、パーマネント(永続的)なものになる」という持論をお持ちです。大変すばらしいですね。紙で作った建築物など普通の発想から行けば常識はずれでしょう しかしそれを覆してきたのは施術に裏付けされた信念と行動にほかなりません。

同じ日本人として誇りに思います。紙の大聖堂は最低でもあと10年は使われる見込みですが、大聖堂の復旧めどはたっていませんのでもしかしたら10年以上使われるかもしれません。その間に是非訪れてみることをおすすめします。

紙の大聖堂入り口

象徴的なステンドグラス

中の様子

祭壇も紙でできています。屋根は17mの紙管を86本使っています。

ちなみに訪れたときはイベントの準備中でしたが、ガイドさんが我々観光客の立ち入りをお願いしたところ、短時間ならということで許可をいただきました。なかなか来られないところなので中を見られたことはよい思い出になります。ちなみにイベントなど特に何もないときは誰でも中を見学できるそうです。

ということであわただしく大聖堂を後にした一行は今夜の宿泊地 デカポに向かいます。

この続きは次回に続く…

 

 

 

 

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